障害者雇用における賃金は、一般雇用との違いによる賃金の考え方を理解した上で、業務や必要な配慮、人事評価によって決定します。この記事では、民間企業で雇用されている障害者の賃金の実態から、賃金決定の基本的な考え方、当社の事例などを踏まえ、障害者雇用における賃金のポイントを考えます。また最低賃金制度についても紹介しています。

目次

民間企業での障害者雇用の賃金は

はじめに、民間企業に雇用されている障害者の賃金について見ていきます。
下の表は、厚生労働省が発表した「平成30年度障害者雇用実態調査結果」による、民間企業で雇用されている障害者の賃金を障害別にまとめたものです。()は前回(平成25年度)の結果です。

身体障害者 知的障害者 精神障害者 発達障害者
平均賃金 215,000円
(223,000円)
117,000円
(108,000円)
125,000円
(159,000円)
127,000円
通常30時間以上 248,000円
(251,000円)
137,000円
(130,000円)
189,000円
(196,000円)
164,000円
20時間以上30時間
未満
86,000円
(107,000円)
82,000円
(87,000円)
74,000円
(83,000円)
76,000円
20時間未満 67,000円
(59,000円)
51,000円
(35,000円)
51,000円
(47,000円)
48,000円

出典:厚生労働省「平成30年度障害者雇用実態調査」「平成25年度障害者雇用実態調査」
発達障害者の賃金は、平成25年度の調査では実施されていない。

平成30年度の調査では、障害者別で最も平均賃金が高いのは身体障害者で215,000円、最も低いのは知的障害者で117,000円となっています。
厚生労働省「平成30年賃金構造基本統計調査」によると、一般労働者の賃金の月額は男性が337,600円、女性が247,500円となっており、障害者の賃金とは差があることがわかります。
(※一般労働者とは、全国及び都道府県別の賃金について、調査客体として抽出された78,203事業所の中から有効回答を得た56,651事業所のうち、10人以上の常用労働者を雇用する民間事業所(49,399事業所)ではたらく短時間労働者以外の一般労働者のこと)

雇用形態も障害者の賃金に大きく影響していると考えられます。身体障害者の無期契約の正社員は全体の半数近くの49.3%、知的障害者は、無期契約の正社員が18.4%、精神障害者の無期契約の正社員は25.0%となっており、平均賃金が最も高い身体障害者は正社員の割合が高いことがわかります。

障害者雇用と一般雇用の賃金の違い

一般雇用と障害者雇用の賃金体系を単純比較すると、一般雇用者の賃金の方が多く、その理由としては「障害者は賃金が上がりにくい業務に従事することが多い」「正社員の割合が少なく、有期契約者が多い」などが上げられます。
一般雇用と障害者雇用の賃金の違いを考える時、まずは根源的な問題を理解する必要があります。それは「処遇と配慮のバランス」です。

上の図の通り、処遇と配慮は「天秤関係」にあります。
障害者を雇用する際には、オフィス環境の整備や設備の導入、フォロー人員の配置、マネジメントや制度構築などの配慮が必要となります。企業が障害特性に応じた配慮を提供することによって、障害者は安定して就業することができますが、その配慮にはコストがかかります。つまり、処遇と配慮のバランスを考えた時、配慮がより重くなることになります。
一方、一般雇用者には配慮にかかるコストが少なく、その分処遇が増えることになります。
この「処遇と配慮のバランス」に関しては、雇用側だけでなく障害のある当事者も理解しておく必要があります。

処遇と配慮の関係については、下記記事で詳しく説明しています。

障害者の賃金を決める条件とは

障害者雇用においては、配慮と処遇のバランスを理解した上で賃金体系について考えなければいけませんが、具体的にはどのように決めていけば良いのでしょうか。基本的には一般雇用枠での採用と同じく、企業の賃金体系をもとに、労働条件と業務にあわせて決定していきます。

  1. 雇用形態
    正社員、嘱託、期間雇い、パートタイム雇用など
  2. 労働条件
    所定労働時間、業務内容、勤務場所、勤務体系、合理的配慮の提供内容、社会保険の加入、企業年金・退職金、賞与
  3. 最低賃金
    障害者雇用でも、最低賃金を遵守する必要がある

上記以外にも、すでに雇用している障害者との賃金や、他企業の障害者の賃金との均衡なども、賃金を決定する上では重要な目線となります。また、短期的および長期的な生産性の算出、生産性にあった査定や評価する仕組みなどにも取り組まなければならないでしょう。障害基礎年金など、就労以外の収入についても把握し、就労者が生計を立てていけるのかなども留意する必要があります。

このように、障害者の賃金体系はさまざまな側面から検討する必要があります。自社が持つ従来の賃金体系をもとに、上にあげた条件と照らし合わせて決定していくとよいでしょう。

事例:パーソルダイバースの賃金体系と人事評価制度について

ここで、当社の賃金体系と、その基となる人事評価制度について、少しだけご紹介します。
当社パーソルダイバースはパーソルグループの特例子会社ですが、人事評価制度や賃金体系は親会社であるパーソルホールディングスの正社員総合職制度(ミッショングレード制)をベースに設計されています。

“グレード”とは社員に求める人材要件(役職・処遇・はたらき方)を定義したものです。当社では親会社グレードにない下位のグレードを設計し、配慮が必要な層を雇用しています。下位グレードの中では、雇用者の職務遂行能力によって「ルーティン作業が必要な層」「業務の切り出し・創出が必要な層」にカテゴライズしています。

職群は「総合職」「一般職」「業務職」の3つの職群を用意しています。企業の配慮を前提に、経済的自立を目指しながら能力発揮範囲を拡大していきたい障害者は「業務職」・「一般職」、一般人材として処遇されスキルアップ・企業貢献していきたい障害者は「総合職」で採用しています。
どの職群でも、グレードにあわせて基本給・手当が設計され、成果と業績に基づいた賞与が支給されます。半期に一度、成果や行動に関する評価を行い、グレード・賃金が決定します。業務の切出し・創出が必要な層は主に、就業基本姿勢や対人行動・業務遂行力を絶対評価で評価しています。

賃金の額はグレードによって差がありますが、戦略的人材から配慮が必要な人材まで多様な障害者にマッチする制度として設計されていること、職務遂行能力の変化や業績評価および本人の意思により職群間の相互異動ができるようになっているのが特徴です。

当社が支援する障害者からは、企業を選ぶ際に「雇用初期の給与の高さより、昇給の可能性や人事評価制度があるかを重視している」という声を多く耳にします。今後、多様な障害者から選ばれるためには、賃金の額だけでなく、柔軟な人事評価制度を設計できるかがポイントではないかと考えています。

障害者雇用の最低賃金は

一般雇用の賃金を考える上で「最低賃金」の目安は欠かせない要件の一つとなっていますが、それは障害者雇用においても同じことが言えます。最低賃金制度とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を定め、事業主はその金額以上の賃金を労働者に支払わなくてはならない制度です。雇用の対象者が障害者である場合でも、企業と「雇用関係」が生じていれば最低賃金制度が適用されます。

最低賃金には、各都道府県に1つずつ定められた「地域別最低賃金」と、特定の産業に従事する労働者を対象に定められた「特定(産業別)最低賃金」の2種類があります。地域別最低賃金及び特定最低賃金の両方が同時に適用される場合には、事業主は高い方の最低賃金額以上を支払わなければなりません。

1. 最低賃金の減額を許可される特例制度

障害者を雇用する場合でも最低賃金制度が適応されることをお伝えしましたが、障害の程度などにより最低賃金の減額を許可されるケースもあります。それは最低賃金法7条に基づく「最低賃金額の減額特例措置」です。身体または精神の障害によって一般の労働者より労働能力が著しく異なる障害者が、最低賃金を一律に適用することで雇用機会を狭めてしまう場合に、都道府県労働局長の許可により、最低賃金法の賃金より低い賃金で雇用することが認められるという制度です。

次の1~5に当てはまる労働者は、企業が都道府県労働局長の許可を受けることを条件に、最低賃金の減額の特例が認められます。

  1. 精神または身体の障害により著しく労働能力が低い方
  2. 試用期間中の方
  3. 基礎的な技能等を内容とする認定職業訓練を受けている方のうち厚生労働省令で定める方
  4. 軽易な業務に従事する方
  5. 断続的労働に従事する方

特例制度は、全ての障害者に適応されるわけではありません。障害者一人ひとりの労働能力や職務状況によって個別で判断する必要があります。許可には有効期限があり、期限内に労働能力が向上しないなどの理由で許可を延長したい場合は、再度労働局に申請します。

2. 申請の条件や注意点

最低賃金額の減額特例許可を申請する場合は、所轄の労働基準監督署経由で都道府県労働基準局長に申請書を提出します。厚生労働省のウェブサイトからも申請書類をダウンロードすることが可能です。申請書には障害や、業務の種類、特例許可が必要な理由を詳細に記入する必要があります。申請する場合は以下について整理しておきましょう。

<申請の条件や注意点>

  • 対象となる労働者の障害は、業務遂行にあたって
    直接的に著しい支障をきたしているか否か
  • 障害に対する客観的な資料はあるか
    (障害者手帳や、障害特性に関する書類のコピー)
  • 賃金の減額率は、労働能率の程度に応じ、
    職務内容などを勘案したものになっているか

3. 減額率や賃金額の設定方法

障害者雇用における減額率や支払おうとする賃金額の設定は、減額できる率の上限となる数値の算出、減額率の設定、支払おうとする賃金額の設定という順序で行うことができます。ここでは減額率と賃金額の算出について詳しく紹介します。

減額できる率の上限となる数値の算出

減額できる率の上限となる数値を算出するには、まず、比較対象となる労働者の選定が必要です。比較対象労働者の選定方法は、同じ事業所内ではたらいており、減額対象労働者と同一または類似した業務に従事している、かつ、最低賃金と同程度以上の賃金が支払われている方が比較対象者となります。また、同条件の比較対象者が複数名いる場合は、最低位の能力の方が比較対象者となります。

上記の様に比較対象者を選出後、減額対象者と比較対象者の労働能率を比較し、減額できる率の上限となる数値を算出します。算出例は、以下の通りです。

【減額できる率の上限となる数値の算出例】
比較対象労働者の労働率を100分の100とした場合、減額対象労働者の労働能率が100分の70であるときは、減額できる率の上限は30.0%となる。
  • 100.0-70.0=30.0
    ※小数点以下が生じた場合は、小数点第2位以下を切り捨てる。

減額率の設定方法

減額できる率の上限が算出されたら、減額対象労働者の職務内容、成果、能力、経験などを総合的に勘案して減額率を定めます。
※総合して勘案した結果でも、減額できる率の上限を上回る減額率を定めることは出来ません。

支払おうとする賃金額の設定方法

最低賃金と上で算出した減額率から、支払う賃金額を設定します。賃金額の設定例は次の通りです。

【支払おうとする賃金額の設定例】
  • 最低賃金額が787円、減額率が20%の場合
  1. 減額する額の算出:787円×20%=157.4円
    ※1円未満の端数は、切上げる事で減額率の20%を超えてしまうため、切り捨てする必要がある
  2. 支払おうとする賃金額の算出:787円-157円=630円

上記の賃金額の設定は最低賃金法第4条第3項に規定される賃金(臨時に支払われる賃金及び一月を超える期間ごとに支払われる賃金、時間外手当、休日労働手当、深夜手当、精皆勤手当、家族手当など)は算入できないので注意が必要です。

まとめ:障害者に選ばれる賃金体系・評価制度を用意する

障害者の賃金も一般雇用と同様、人事評価制度や賃金体系、労働条件に基づき決定します。障害者が行っている業務状況や成果を算定する事も忘れないようにします。また、最低賃金の減額が許可される特例制度など、障害者の賃金の決定に必要な制度なども事前に把握しておきましょう。

賃金を決める上で重要なのが人事評価制度になります。配慮を得ながら安定的に長くはたらいていきたい人や、能力を活かして活躍していきたい人など、様々な障害者の目標や成果に応じて評価し、給与も連動する制度や教育研修の機会があることは、雇用後の定着や戦力化にもつながります。障害者に選ばれる会社、定着・活躍を促すための人事評価制度と、それにあわせた賃金設計を検討してみてはいかがでしょうか。