近年、国内外の企業が経営方針として積極的に掲げる「ダイバーシティ推進」。性別や年齢、人種、障害、ライフスタイルなどの多様性を活かし、企業のマネジメントや競争力の向上につなげようという動きが加速しています。
その中でも今回は、特に最近注目されているLGBT等のセクシュアルマイノリティ(以下、LGBTと記します)の領域について、企業でダイバーシティ推進および障害者雇用に携わるLGBT当事者のお2人の対談を通じて、企業の取り組みやはたらく環境づくり、障害者雇用も含めたダイバーシティ推進のあり方を考えます。
第2回となる今回は、LGBTと障害者雇用への取り組みに共通する考え方、ダイバーシティ推進を成功させるヒントについて、当事者視点からお話を伺います。

損害保険ジャパン株式会社
人事部 人材開発グループ 
今 将人

大阪府生まれ奈良県出身。2008年3月佛教大学大学院社会学研究科修士課程修了後、精神疾患の治療をしながら塾講師、交通警備員、工場労働などの非正規雇用を経て、19年5月に損害保険ジャパン日本興亜(現損害保険ジャパン)入社。人事部人材開発グループ勤務。著書に『トランスがわかりません!! ゆらぎのセクシュアリティ考』(アットワークス・共著)、『恋愛のフツーがわかりません!!―ゆらぎのセクシュアリティ考2』(アットワークス・共著)がある。

パーソルチャレンジ(現:パーソルダイバース) 株式会社 
エンプロイメント・イノベーション本部
企画推進事業部 人材支援グループ
荻野 佳織

2018年入社。入社1~3年目の新卒・若手社員向け研修や特別支援学校の実習生受入等を担当。採用面接時にLGBT当事者であることを公表。社内のALLYコミュニティ「P-Rainbow」メンバーとして、セクシュアルマイノリティについての理解や支援のための活動を行っている。 

目次

LGBT当事者は、お客様の中にもいらっしゃる

LAB: 社内のLGBT推進は、社外のビジネス活動にも反映されているのでしょうか。

今さん: 損保ジャパンの商品サービスでは、各種保険の契約上の「配偶者」の定義を変更し、同性パートナーも補償対象に含めるようにしました。またSOMPOひまわり生命では、同性パートナーを保険金受取人指定する際の確認手続きも簡素化する、といった対応をしています。私もLGBT当事者として商品設計に情報提供をさせてもらいました。やはり全国にたくさんのお客さまがいらっしゃいますので「お客さまの中にも当事者がいらっしゃるのだから、しっかり対応しよう」という意識が高くなりますよね。
一方で、単純にLGBTをターゲットにするようなビジネスには違和感を覚えます。以前、あるLGBT研修講師の方が、同性カップルは人目を避けるため自宅消費が高まる傾向があるということで「レインボー消費」という言葉でLGBTマーケティングを説明していたのですが、まるで同性カップルが外出できない状況を追認するような発想ではないかと感じました。

荻野: 近年は、ゲイコミュニティの購買力を意味する「ピンクマネー」という言葉も耳にしますね。コマーシャルやマーケティング戦略のターゲットとしてのLGBT領域は確かに存在しますが、ビジネスとは切り離して考えるべき視点も持っていないといけませんよね。

今さん: ビジネスだけでとらえてしまうと、お金にならない人を振るい落としてしまうことも出てきます。私自身は、世の中あまねくところに「当事者」がいるなかで、少しでもこぼれ落ちるような人を減らしたいという思いが常々あります。企業側の考え方も、ずいぶん変わってきていますよね。障害者雇用も法定雇用率を達成したらそれでいい、という考えではなくなっています。

以前、社内研修で障害者採用と活躍事例の話をしたとき、障害者と一緒にはたらく社員ではなく、家族に障害者がいるという社員が「うちの子もはたらけるんですね」とうれしそうにおっしゃっていました。企業のスタンスや経営方針は、いろんな形で世の中に波及していくのだと実感します。だからこそダイバーシティ推進を掲げる企業の皆さんも、何のためにどこを目ざすのか、それぞれの立場で明確なスタンスを忘れないでいてほしいですね。
少し前に、ある国会議員の「生産性」発言が話題になりましたが、私はそれが相模原の障害者施設の事件ともつながりました。生産性がない人間、とみなされないために頑張るのは現状追認になるので、それはそれで問題を感じます。

ノーマライゼーションの考え方を問う

LAB: では改めて企業のダイバーシティ推進のあり方について考えを聞かせてください。

今さん: LGBTや障害者雇用の領域も含め、やはりダイバーシティ推進は目的であり結果であってほしいですね。人権問題としてマイノリティとされてきている人たちのことを考える方向性は、大事なスタンスとして守るべきです。
これまで、障害者雇用や障害者活躍のなかのノーマライゼーションの考え方というのは、どちらかというと健常者に近づける、健常者並みにはたらけるようにする、という方向性があったように思います。女性活躍についても、男性並みのはたらき方を求めてきたような歴史がありました。

かつての企業社会のスタンダードは、男性が社会ではたらき女性は家庭を守るといういわゆる労働力の再生産の構図です。その結果として過労死を生み出すような企業もありましたよね。そういう偏ったはたらき方や生き方を見直すことこそが、ダイバーシティ&インクルージョンにつながると思います。

障害者雇用についても、私は、だれもが会社の中で健常者に負けないぐらい頑張って活躍しなければならないような期待感を広げるよりも、中にはそんなに頑張らなくても生きるのに困らない人がいてもいいような制度を充実させたほうがいいと考えています。

荻野: ソーシャルインクルージョンという言葉がありますが、これは、排他されずとも助け合えるような仕組みのことですよね。制度でカバーできる部分も多くありますが、同時並行で、周囲に正しく知ってもらいながら理解を広げることも大事です。

今さん: そうですね。そのためにも私個人としては、まずリアルで身近な人間関係でのエンパワーメントからだと思っています。そういう意味で以前、荻野さんが初めて当事者のオフ会に行ったときの話はとても印象に残っているんですよ。

荻野: そうでしたか。改めてお話させていただくと、私は一度、両親にカミングアウトして否定されて、親が望む幸せな生き方をしようとUターン就職しました。とはいえ相変わらずモヤモヤしていたとき、ネットで見つけた当事者コミュニティで、オフ会開催を知りました。勇気を振り絞って申込み、当日電車に乗ろうとした矢先に、あの3.11の地震が来ました。それから数年後に、また別のコミュニティのオフ会を見つけ、再チャレンジしました。そこで知り合ったのが、パートナーです。最初のオフ会で、いろんな人がいると分かって安心して、一気に私の世界も広がっていきましたね。あの時、再チャレンジしてオフ会に参加して、本当によかったと思っています。

今さん: ビジネスであれ社会活動であれ、リアルに仲間に会えるってすごく大きいですよね。日本で最大のLGBTの祭典と言われる「東京レインボープライド」は、今ではビジネス的な側面も大きくなっていますが、ああいう場があることで貴重な仲間に出会って新たな一歩を踏み出せる人たちも確実にいます。
私自身は以前、自分が何者なのかについて悩み、性同一障害や同性愛をテーマにした本を読みあさりましたが、あまりしっくりきませんでした。あるとき「G‐FRONT関西」という当事者会で、Xジェンダー(※1)という言葉を知って「これだ!」と。自分を表現する言葉があったということに力づけられて、体が震えたのを覚えています。そこから現在の私につながって、時間はかかりましたけど、会社員としてオープンに活動できるようになりました。これからも職場の同僚たちに「あなたの会社にこんな障害者がいるよ、LGBTがいるよ」ということを示して、リアルなエンパワーメントと理解を広げていきたいと思っています。

(※1)Xジェンダー:既存の男女2種類の性別に収まらない人のこと

多様性を前提とした会社の仕組みや業務が進めるD&I

LAB: 日常的にLGBTの人と一緒にはたらく職場が、理解を広げる良い機会かもしれませんね。

今さん: そうかもしれません。以前、「セクシュアルマイノリティと医療・福祉・教育を考える全国大会2021」 に参加したのですが、そこで企業報告として聞いた大手コールセンター会社の方のお話によると、職場には、顔出しできない俳優さんや、通勤できないけど電話応対はできるという障害者の方、もともと様々な立場の人がはたらいており、いろんな人がいて当たり前という前提が共有されているため、カミングアウトもしやすい風土があるそうです。 

障害者雇用を進めている企業のように、もともと多様性を前提とした会社の仕組みや業務内容がある職場環境だと「障害者の特性もいろいろあるよね」「LGBTも同じようにいろいろあるよね」というふうに、D&I施策も非常に進めやすくなるとも思います。

荻野: とてもよく分かります。だから私も入社面接のときから意識せず、世間話のようにカミングアウトできたのだと思います。職場にはいろんな人がいるから、新しいタイプの人が入ってきても理解しやすい土壌ができているのだと感じますね。まだ入社3年半の私が、こんなに活動を進められているのも、そのおかげです。

LGBT推進も障害者雇用も「一人ひとりに目を向ける」

LAB: ダイバーシティ推進にかかわるお2人の、将来的な目標を聞かせてください。

今さん: ものすごく将来の話をするならば、ダイバーシティ推進の目的は、やはり、ダイバーシティ推進という言葉がなくなることです。もう少し短いスパンで言うなら、もう少しオープンに当事者が制度を利用できるようになることですよね。

荻野: LGBTの「特別感」がなくなるといいですよね。弊社代表の井上は「障害者雇用という言葉がなくなることがゴール」と話していますが、私もLGBTという言葉がなくなればいいなと思っています。言葉自体がなくなるのは難しいかもしれませんが、私は研修で、SOGI(※2)という言葉を紹介しています。要は、誰にでもセクシャリティはあるよということなのですが、「誰もがそれぞれ自覚している性的指向・性自認があって、それって自分にもセクシュアリティがあるってことだよね」というふうに捉えてもらい、そこから「人それぞれ違って当たり前だよね、でもだからいいよね」というところまで広く認識されるようになれば、わざわざLGBTという言葉を使う必要もなくなってくるはずという思いと願いから、研修ではこの言葉を必ずお伝えするようにしています。

(※2)SOGI:Sexual Orientation(性的志向)とGender Identity(性自認)の頭文字で、セクシュアルマイノリティに限定した表現ではなく、誰にでもある一人ひとりの個性、特性として捉えられる概念のこと

今さん: 私も研修で「SOGI」について説明したあと、参加者から「自分にもシスジェンダー(※3)という言葉があったのですね」と驚かれました。LGBTが特別な人というのではなく、自分も当事者なのだと認識してもらえると良いですよね。
(※3)シスジェンダー:生まれたときに割り当てられた性別と自分の性認識・性自認が一致しているセクシュアリティのこと

荻野: ほかにも、Aセクシャル(※4)や、ノンセクシュアル(※5)もあるんだよとか。そこで知ってもらうことが、理解につながる良いきっかけになります。
実は私自身は一時期、「LGBTらしさ」にしばられたことがありました。同性が好きかもしれないとわかったとき、あ、じゃあ男らしくしなくちゃいけないのかなとか考え始めて悩みましたね。

(※4)Aセクシャル:他者に対して性的欲求を抱くことがないセクシュアリティのこと

(※5)ノンセクシュアル:他者に対して恋愛感情を持っても性的欲求を抱かないセクシュアリティのこと

今さん: ああ、そういうの、すごく分かります。

荻野: でも、いろいろ考えた結果、今では、自分の性別を男女に定義せずに、私は私、性別は荻野でいいかな、みたいな感じになっています。
世の中でも「個人がスタンダード」という考え方が広がればいいなと思っています。私は、「世の中のスタンダード」がダイバーシティの足かせだと感じています。その人自身がスタンダードでいいじゃないかなと。
障害者雇用もLGBT活躍推進も「一人ひとりに目を向ける」「個にフォーカスする」というふうに考えていけば根っこは同じですよね。ダイバーシティ推進の対象に挙げられている女性も外国人も高齢者も、そこにつながっていきます。

今さん: そうですね。改めて企業におけるダイバーシティ推進を考えると、LGBTは、雇用率や役員の割合など目標数値みたいなものがありませんから、推進のために、いろんなことができる自由さがあるんですよね。私自身は、せっかく大きな会社にいるので、これからも会社でできることを可能な限り取り組んでいきたいですし、それが役割だと考えています。

荻野企業のダイバーシティ推進の取り組みが、社会全体のインクルージョンへとつながっていきますよね。そういう意味では先日、国が同性婚を認めていないのは違憲とする初判断が出たことも、日本社会の大きな変化をあらわしているように思います。このニュースを見た瞬間、涙が出るくらい嬉しかったです。私は「愛にセクシュアリティは関係ない。愛のカタチは自由である」と考えています。ですが今の日本社会では、同性パートナー同士は「法律上の家族ではないから」という理由で、入院したときに家族と

して看護できない、パートナーが産んで一緒に育ててきた子どもの親権者になれない、突然亡くなっても遺産に関与できないなど、たくさんの障壁に囲まれています。私たち当事者は、不安な気持ちを抱えて生活しているのが現状です。
G7で唯一、同性婚やパートナーシップ制度を法制化していない日本でも、少しでも早く環境が整備され、誰もが自由に愛のカタチを選べる社会になってほしいですね。そのために私も今さんのように、できることから少しずつ取り組んでいくつもりです。

※所属・役職は取材当時のものです