「障害者雇用」を取り巻く海外の傾向と日本の潮流【第1回】

政府が掲げる「一億総活躍社会の実現」に向けて、今年4月から「働き方改革」の関連法が順次施行されました。慢性的な人手不足などを背景に、企業の生産性向上とともに就業機会の拡大や意欲・能力を発揮しやすい環境づくりを目ざす「働き方改革」。それを推進する上で、実は大きなモデルケースになりうるのが障害者雇用の取組みです。
今回は海外の傾向や日本の現状を踏まえ、障害者雇用における働き方“変革”が企業全体にもたらす影響と未来について、2回にわたってご紹介していきます。

株式会社野村総合研究所
コンサルティング事業本部 
社会システムコンサルティング部 
プリンシパル・上級研究員 
水之浦 啓介

2001年野村総合研究所入社。社会システムとしての人材、障がい・高齢者・外国人雇用、人事制度改革支援などの調査研究を専門に行っている。論文に「企業価値を高める障がい者雇用のあり方」、「障がい者雇用から学ぶ、働き方改革へのヒント」など。経済同友会 年次セミナー2018パネリスト。

知的障害のある売り場マネジャー

障害者雇用というと、企業担当者の方はまず「法定雇用率」を思い浮かべるのではないでしょうか。2018年度から2.2%に引き上げられ、さらに官公庁による大量採用という事情も加わり、「雇用率の達成がますます困難になる」と嘆く声も聞こえそうです。

この法定雇用率、海外の先進国ではどうなっているのでしょうか。日本のように雇用率未達成に対し納付金のような制度を併用している国は、ドイツやフランスなど数カ国です。逆にスウェーデンやデンマークなどは法定雇用率がありません。日本企業にとってみれば、「義務もペナルティもないのに、なぜ障害者雇用を進められるのか」という疑問もわいてくるでしょう。
私たちがスウェーデンのホテルチェーン企業でヒヤリングを行ったとき、最初に障害者の雇用者数を聞いたところ「カウントしたことがない」と返されました。彼らの間で障害者は「さまざまな特徴・特性を持った人たちの1人」という考え方が自然のようでした。もともと社会全体に、言葉も文化も違う移民が多いという背景もあるかもしれません。
ホテル企業としては障害者目線のサービス改善に役立てる経済合理性も重視していたようですが、ほかのスウェーデン企業も「(障害者雇用は)企業のたしなみだから」という表現をされていたのが印象的でした。「障害者も公平に雇用するのは当たり前の発想。その人たちに会社でいかに能力を発揮してもらうか」という基本的スタンスでした。

その実践例を紹介します。スウェーデンの代表的なスーパー「ICA(イーカ)」を訪問したところ、知的障害のある従業員が売り場マネジャーをつとめていました。彼は、店内に並ぶおびただしい数の飲料の名前や産地をすべて覚えているというすごい能力の持ち主でした。彼の上司が私たちに、漢字に類似したデザインのパックに入った牛乳について、「これは日本の商品かな」と紹介してくれたものを、すぐに彼は「このラベルの文字は日本の漢字じゃないし、これは日本産ではない」と説明してくれて驚きました。案内してもらっている間にも、同僚たちから「この商品の仕入れはいつか」「この商品の在庫状況は」といった電話が何度もかかって来ていました。苦手な対人スキルについては上司がサポートしつつ、マネジャーという職責を十分に果たしてくれているとのことでした。

日本の職場でマネジャーという立場は、作業の統括や把握、外部との交渉や部下の育成などオールマイティな役割を求められますが、こうした常識を変える必要があります。本人の特化した能力を見つけ、「特性としてできない部分」は何らかの支援や分担などによって補完しあい、それぞれの職責を担ってもらう柔軟な組織運営を考えていくべきでしょう。「できない部分」というのは障害特性だけでなく育児・介護・病気といったさまざまな事情によるケースもあるはずです。障害者雇用だけでなく、一般雇用の現場でも「働き方改革」の大きなカギとなる部分になると言えます。

企業価値を高める要素

同じくスウェーデンにおいては「いかに障害のある人を活躍させるか」という人材活用の視点も顕著です。企業によっては、わざわざ敏腕のトップ営業マンを引っ張ってきて、障害者雇用のための事業・案件を外部から獲得してくる努力を惜しみません。障害者雇用を「企業価値を上げていく大事な要素の一つ」と考えているからです。

米国ではDEI(Disability Equality Index)という指標があります。企業が外部機関にインデックスという形で評価してもらい「障害者を雇用し、彼らが働きやすい職場である」ことをポジティブに発信しています。ちなみに3MやGM、バンクオブアメリカ、マイクロソフトといった名だたる企業が最高ランクのスコア100%となっています。また「D&I Index(Thomson Reuters Diversity & Inclusion Index)」という指標は、企業が自発的に取得するものではなく、外部機関が投資先として「ダイバーシティやインクルージョンを実現しているか」を評価します。インデックスが高い企業は「中長期的にサステイナブルに成長している」ことを示しています。こうした比較可能な指標によって「障害者が働きやすい職場で価値を生んでくれている」ことが対外的にしっかり評価されるという環境ができているというわけです。同時に企業の側も、障害者の方たちにもアピールすることで、よりよい人材に来てもらう狙いもあるようです。

日本でも近年ではESG<Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)>やSDGs<Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)>の機運とともにダイバーシティ経営への関心が高まっています。ますますグローバル経済が進む中、日本の企業や投資家の間でも、短期的な利益だけでなく中長期的な視野で企業のブランドを守り、社会課題を解決しながら優れた企業として労働力を集め、利益を追求していくべきだとの発想がメインストリームになってきていると感じます。

職場内の自発的な理解

障害者を含めた多様な人材の能力を活かすダイバーシティ経営を名実ともに進めていくには、社内における従業員の理解が欠かせません。トップダウン式の研修などもスピード感・統一感がありますが、職場にいるさまざまな当事者の従業員が集まり問題意識を共有・発信しながら社内全体に理解を広げていくやり方もあります。

海外では以前から、こうした従業員グループが職場内につくられています。女性やLGBT、障害者といった共通のテーマに沿って、本人だけでなく「家族や友人がそうだ」とか「関心がある」といった人たちが集まり、職場の内外で抱える悩みや課題などについて意見交換をします。そこで生まれた提案やアイデアを経営陣が採用し、職場環境の改善や会社のサービス・商品開発につなげていくケースもあります。
日本でも最近、ダイバーシティ推進の一環として同様のグループ活動を促す企業が出てきています。当事者目線の実質的な提案や取組みは、対内外的な説得力も違います。障害者雇用をスムーズに進めていく上でも力強い支援組織になるでしょう。

採用・トレーニング

海外では、障害者を雇用するメリットとして「転職率の低さ」も挙げられています。一般雇用では数年で転職する傾向が強いなかで「障害者は入社すると長年勤めてくれるので、採用コストが比較的かからない」というのです。雇用において採用コストとトレーニングコストは重要ですから、トータルで考慮すると障害者を雇用したほうがいいというケースも当然あるわけです。
なぜ障害者の転職率が低いのでしょうか。背景には、障害者の採用から支援までを行政側が手厚く支えてくれているという恵まれた環境もあるようです。

スウェーデンではサムハル(Samhall)という半官半民の企業が2万人の障害者を雇用していることで知られますが、その舞台裏では、サムハルでは障害者に対するトレーニングや企業とのマッチング活動を盛んに行っている事情があります。サムハルでトレーニングされた障害者を雇用したり、サムハルの障害者に業務を委託する企業側は、手間ひまかけずに人材・労働力を確保できるわけです。また入社後に仕事内容やスキルが合わなければ出直して再訓練できるようにし、それでも無理な場合は別会社への転職にチャレンジできます。これはドイツでも同様で、企業に在籍しながら外部トレーニングを受ける仕組みが整っています。

また米国では、いくつかの機関によって、全米横断的な障害者向けの仕事のデータベースがいくつか整備され、州から州へ引っ越さなければいけなくなったときにも転職がスムーズにいくような連携が取れています。

デンマークでは障害者を雇用している企業に対し、ペタゴー(保育者)と呼ばれる行政側の専門職員が定期的に訪問し、障害者本人に加え、企業側のマネジャーとも話しながら現場の悩みや課題を聞き出して対応・改善策などをアドバイスしています。

こうして見ると、海外で障害者雇用がうまくいっているところは、企業や社会全体が多様な人々を認め合える土壌と、それを後押しする社会的支援がうまくかみ合っているように思います。日本でも就労支援制度はありますが、まだまだ企業側に負担がかかっているように感じました。新たな定着支援サービスも始まったばかりです。企業・行政(支援機関)・医療機関が情報共有も含めた連携のあり方もしばらく模索が続くでしょう。そして障害者雇用を義務として根づかせることから、いかに本人の能力を見出して企業の利益になるような雇用へとつなげていけるか。行政・企業には、これまで色濃かった福祉的な視点から経済的・産業活性化的な視点へと変える施策や戦略も求められているのではないかと思います。

次回【第2回】では、障害者の働く価値を上げていくための具体的な取組みと、企業全体の「働き方改革」にもたらす影響と可能性、企業が考えておくべきポイントについて提案させていただきたいと思います。

※第2回は会員登録をするとお読みいただけます。