厚生労働省が8月に発表した「平成30年度 使用者による障害者虐待の状況等」によると、職場で働く障害者が上司や雇用主から虐待を受けたとして通報・届け出のあった事業所が1,656カ所に上っていることが明らかになりました。この数値は前年と比べて11.8%増加しており、2013年以降で最も多くなっています。

虐待があった事業所数、4年連続で500超

この調査は障害者虐待防止法に基づき、障害者への虐待防止や是正指導への取り組みの一環として行われているものです。法律で定義されている「身体的虐待」「放棄・放置」「心理的虐待」「性的虐待」「経済的虐待」の5つの虐待について、各都道府県の労働局が、障害者本人からの届け出や第三者による通報や情報提供があった事業所を直接訪問するなどして確認し、まとめられています。

通報・届け出のうち、都道府県労働局が「虐待があった」と認めた事業所は541カ所でした。前年度と比べて9.4%減少していますが、4年連続で500事業所を超える結果となっています。虐待を受けた障害者の数は900人で、前年度より31・2%減少しています。

虐待・障害種別障害者数(通報・届出の対象となった障害者と、虐待と認められた障害者の数)

身体的
虐待
性的
虐待
心理的
虐待
放置等に
よる虐待
経済的
虐待
身体障害 通報・届出 46 9 226 49 241
虐待認定 7 3 18 1 133
知的障害 通報・届出 76 16 189 32 434
虐待認定 17 4 34 9 359
精神障害 通報・届出 45 21 331 31 326
虐待認定 13 1 34 4 206
発達障害 通報・届出 14 8 86 23 71
虐待認定 5 0 10 0 26
その他 通報・届出 5 2 17 3 28
虐待認定 1 1 0 0 7

出典:厚生労働省「平成30年度 使用者による障害者虐待の状況等」

製造業、中・小規模の事業所での虐待が最多

虐待が認められた541事業所の業種と規模を見ると、最も多い業種は「製造業」(165事業所)で、次いで「医療・福祉」(118事業所)、卸売業・小売業(64事業所)の順に高くなっています。また従業員規模では、5~29人の事業所が最も多く(285事業所)、次いで30~49人(89事業所)、5人未満(85事業所)と、中小規模の事業所が多くなっています。

虐待が認められた事業所の業種・規模

虐待と認められた事業所の業種(単位:事業所)

ほか 計194 (35.9%)
宿泊業・飲食サービス業 45 8.3%
サービス業
(他に分類されないもの)
39 7.2%
建設業 25 4.6%
運輸業・郵便業 21 3.9%
農業・林業 19 3.5%
生活関連サービス業・娯楽業 18 3.3%
不動産業、物品賃貸業 5 0.9%
複合サービス事業 4 0.7%
教育・学習支援業 3 0.6%
学術研究・専門・技術サービス業 3 0.6%
情報通信業 3 0.6%
金融業・保険業 2 0.4%
電気・ガス・熱供給・水道業 1 0.2%
漁業 1 0.2%
分類不能の産業 5 0.9%

出典:厚生労働省「平成30年度 使用者による障害者虐待の状況等」

不当に最低賃金を下回る「経済的虐待」8割以上 暴言や暴力による虐待も

虐待の内容をみると、不当に最低賃金を下回る賃金で働かせるなどの「経済的虐待」が791人と最も多くなっています。その他、暴言を浴びせるなどの「心理的虐待」が92人、殴る蹴るなどの暴行を加える「身体的虐待」が42人となっています。

虐待と認められた事例と、対応策:

  • 事例1:
    知的障害のある従業員が、作業が遅れていたり誤った作業をした際に、上司や同僚から「会社への貢献ゼロ」「お前がすべて悪い」などの暴言や、殴る蹴るなどの暴行を受けた。また上司から早く出勤するように指示され、早出残業をしているが、その時間の残業代が払われていなかった。
    この事例は障害者本人からの届け出により判明した。労働基準監督署が事業主を訪問し聴取したところ、上司や同僚が繁忙期にイライラして指導が行き過ぎていたことが判明し、虐待の再発防止を指導した。
    また早出残業についても調査の結果、一部不適切な労働時間管理が判明したため、指導を実施した。
  • 事例2:
    精神障害のある従業員が働く製造業の企業では、障害者の約定賃金が入社してから変更されておらず、地域別最低賃金額(時間額)を約100円下回っていた。
    労働基準監督署が監督指導を実施し、法定の除外事由(最低賃金の減額特例許可)の有無や賃金台帳を確認したところ、法定除外と判断される事由がないまま最低賃金額未満の賃金を支払っていたことがわかったため、最低賃金法第4条違反として是正勧告を行った。
    最低賃金法違反の理由は、地域別最低賃金額の確認を怠り、障害者の入社時の最低賃金額から変更していなかったことであった。

障害者への虐待・差別を防ぐために 賃金体系の確認や雇用理解醸成を

障害者虐待防止法は、障害者の尊厳や権利・利益を擁護するため、虐待の防止、早期発見、保護、自立支援などを行うことが定められています。対象となるのは身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、その他心身の機能の障害がある方で、手帳を取得していない方や18歳未満の方も含まれます。

今回の調査で最も多く通報・届け出があり、虐待が認められたのは「経済的虐待」で、内容としては不当に最低賃金を下回るケースが見られました。
障害者雇用促進法では、雇用分野におけるあらゆる局面(募集及び採用、賃金、配置、昇進、教育訓練など)において、障害者であることが理由で不当な扱いを受けることを「障害者の差別」として定義しています。障害者であることを理由に障害者だけを対象とした賃金体系に一律に当てはめることや、最低賃金を下回る賃金を設定することは認められていません。(最低賃金については都道府県労働局長の許可により、法外事由がある場合に限り、特例として最低賃金額を下回る賃金を設定することが認められる場合があります)
従って、企業は、自社で適切な評価や正当な理由なく低い賃金を設定している、または最低賃金を下回ることが起きていないかを注意する必要があります。

暴言や暴行、心理的な虐待が起こる理由の一つとして、障害や、自社の障害者雇用への取り組みに対する社内の理解不足にあります。また障害者が安定して働くことができるための配慮や制度が十分でないことも、虐待に繋がっているのではないかと思われます。

虐待や差別に当たるケースが社内で起きていないか、その背景として、雇用や障害に対する理解や適切な評価・賃金体系が整っているか、見直す必要があるでしょう。