知的障害者は、知的機能の制約によって苦手とすることも多いですが、適切なサポートや指導、環境の整備を行うことで、能力を発揮してはたらき続けることが可能です。では、そのような知的障害者の雇用を検討する際、どのような点に気をつけるべきなのでしょうか。この記事では、知的障害についての特徴や雇用状況、業務例や雇用における注意点や、企業での雇用事例と、知的障害者の雇用に対する助成金について紹介します。

目次

知的障害とは

知的障害とは、発達期(おおむね18歳まで)までに生じた知的機能の障害によって、日常生活で頭脳を使う活動に支障が生じており、認知能力が遅れた状態にあることです。

医学的な診断においては、症状の評価とともに原因疾患の有無の調査に基づいて決定されます。しかし、知的機能の程度と日常生活能力は決してイコールではありません。個人ごとに必要な援助は異なり、日常生活への適応機能は「概念的領域」「社会的領域」「実用的領域」による3つの領域が重視されています。

最新の「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版(DSM-5)」では、「知的能力障害(知的発達症)」とも表記されており、上記3つの領域について以下のように示されています。

  • 概念的領域:記憶、言語、読字、書字、数学的思考、実用的な知識の習得、問題解決、および新規場面における判断においての能力についての領域
  • 社会的領域:特に他者の思考・感情・および体験を認識すること、共感、対人的コミュニケーション技能、友情関係を築く能力、および社会的な判断についての領域
  • 実用的領域:特にセルフケア、仕事の責任、金銭管理、娯楽、行動の自己管理、および学校と仕事の課題の調整といった実生活での学習および自己管理についての領域

知的障害の特徴

知的障害は人によって様々な特性がみられますが、主に以下のような特徴があります。

  • 読み書きや計算など学習の習得が困難
  • 言葉の理解やコミュニケーションが苦手
  • 時間が経つと忘れてしまうことが多い
  • 予想外の出来事への臨機応変な対応が苦手
  • 同時に複数のことができない
  • 相手の意図・気持ちを考えて行動することが困難
  • 自分の気持ちをうまく表現できない など

知覚障害の種類(分類)

厚生労働省の基準では、知能指数(IQ)の値と、日常生活能力(自立機能、運動機能、意思交換、探索動作、移動、生活文化など)が同年齢の日常生活能力水準a~dのどこに該当するか、を判断した上で、「軽度知的障害」「中度知的障害」「重度知的障害」「最重度知的障害」の4つに分類されています。
また、障害の程度によって「A」「B」「1度~4度」といった等級が決められています。
ただし、この等級や判定基準は自治体によって異なるため、各自治体のホームページで確認してください。

<分類> <程度> <等級>
軽度知的障害 基本的な生活習慣は確立しているが、言語の発達が遅く、読み書き計算が苦手なことが多い。 B、4度、B2、C
中度知的障害 身辺の自立は部分的にできるが、全てをこなすことは困難な場合がある。言語や運動能力に遅れが見られる。 B、3度、B1
重度知的障害 身の回りのことを一人で行うことは難しく、援助が必要となる場合もある。言語や運動能力の発達が遅い。 A、2度、A2
最重度知的障害 言語が発達することはなく、生活全般に常時援助が必要。 A、1度、A1、○A

(参考:厚生労働省「知的障害児(者)基礎調査:調査の結果」)

手帳の種類

知的障害者に交付される手帳は、身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳とは異なり、法で定められた制度ではないため、都道府県(政令指定都市)によって独自に発行されています。基本的に「療育手帳」という名称で呼ばれることが多いですが、自治体によって手帳の名称が異なり、例えば東京都では「愛の手帳」、埼玉県では「みどりの手帳」と呼ばれています。手帳には、各自治体が定めた障害の程度によって区分けされた等級が記載されています。

知的障害者の雇用状況

厚生労働省が発表した「令和4年 障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業が雇用している障害者の人数は、613,958人で、そのうち知的障害者の人数は全体の23.8%にあたる146,426人となっています。
(身体障害:58.3%、精神障害:17.9%)。
※法律上、重度知的障害者は1人を2人、重度以外の知的障害者のうち短時間労働者は1人を0.5人としてカウントされています。
企業規模別では、従業員100人以上300人未満の企業が最も多く、雇用人数27,389人となっています。
産業別では製造業での雇用が最も多く40,383.5人、次いで卸・小売業で28,466人、医療・福祉業で24,520.5人という結果になっています。
製造業の中では「食品・たばこの製造業」に従事している人数が10,161.5人と最も多くなっています。

知的障害の特性を活かしやすい業務が比較的多いことも、製造業での雇用が進んでいる要因の一つと考えられますが、知的障害者が能力を発揮しやすい業務はどのようなものか、次の章から見ていきます。

知的障害者が得意なこと・能力を発揮しやすい仕事

知的障害者は先にご説明した通り、判断する要素の少ない単純作業や反復業務に集中して取り組むことができるため、そのような業務であれば安定して就業することができるでしょう。反対に、判断力や臨機応変な対応が求められる業務は苦手とされています。一度に大量の情報を処理することに時間がかかるため、複雑なルールや仕事をすぐに覚えることも難しいです。
障害の程度や体力などに個人差があるため、一概に断定はできませんが、能力を発揮しやすい代表的な業務を紹介します。

軽作業系

◇バックヤード業務

飲食業などにおける食器洗浄、商品の検品・在庫管理・袋詰め、値札付けなど

◇工場業務

部品の検品、組み立て、ラベル貼り、開梱・梱包など

事務系

◇パソコンを使った一般事務業務

名刺や製品シールなどの作成業務、アンケートなどの入力業務、データ入力業務など

◇その他の一般事務業務

コピー機を使ったスキャン、紙資料のファイリング、電話対応、備品管理、郵便物の仕分け・発送・封入・開封など

清掃・メンテナンス系

◇清掃業務

ごみ回収・分別、掃き拭き、トイレ清掃、社用車の洗車など

◇メンテナンス業務

給茶器のメンテナンス、会議用のテーブルや椅子のセッティング、観葉植物の水やり、敷地内の緑地の手入れなど

知的障害者の雇用における注意点

知的障害のある社員が安定してはたらくためには、職場からの適切なサポートや指導、環境整備が必要です。そのためのポイントをいくつか紹介します。

注意点(1) 業務の任せ方

◇理解度に合わせた業務を割り当てる

理解度には個人差があるため、その理解度に合った業務を割り当てることが重要になります。業務開始後、理解度と業務がマッチしているかの再確認を行い、合っていなければ過度な負担にならない程度の変更・調整を行うことが大切です。

◇あいまいな表現は避け、平易で具体的な言葉で指示する

知的障害者は、その場の状況を他人の行動から察することや抽象的な表現を理解することが苦手です。指示を出す際は、「やれるところまでやってください」「きちんと並べてください」などの曖昧な表現は避け、より具体的に「50件やってください」「商品の向きを前に揃えて並べてください」といった言葉で伝えましょう。指示が聞き取れなかったり、作業の途中で分からなくなったりしないようにメモやボードに書くのも効果的です。
また、言葉だけでなく、マニュアルをもとに説明したり、実際に実演して見せて同じようにやってもらうことで理解が深まります。

注意点(2) 職場環境の工夫

◇「5S」の取り組みを行う

5Sとは「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」のことです。これらを行うことで知的障害者がはたらきやすい環境を整えることができます。

5S 行動 期待される効果
整理 不要なものを捨てる 不要な情報を与えない
整頓 使いやすく並べて表示をする 探すというイレギュラー動作を与えない
清掃 掃除・点検を行う 自身への職場への愛着を持たせる
清潔 衛星的な状態を維持する 快適な環境を維持する
しつけ きれいに使うよう習慣づける ルールを守る習慣をつける

◇作業を可視化する

知的障害者は、目で見る情報を理解・整理することが得意な方が多いです。業務指示書やマニュアルを用意する際に、写真や絵を使って業務フローを記載したり、ポイントになる部分を色分けして表示させるなど、「作業の可視化・視覚化」をすることで、業務への理解を深めるためのポイントになります。
また、例えば倉庫などでの作業では、棚の位置やファイル、資料置き場を色分けしておき、数字を組みあわせて視覚的にとらえやすいように工夫すると、判断する負荷が軽減され、安定的に作業できるようになるでしょう。

(当社オフィス内の様子。備品の配置や使用用途、資料の配置場所や業務進捗などを可視化しているほか、作業や業務一つひとつに対応するマニュアルを用意しています)

注意点(3) 定着のためのフォロー

◇コミュニケーションを取りやすい環境にする

業務を円滑に行うためには、報告・相談などのコミュニケーションは欠かせません。気兼ねなくコミュニケーションができるように、定期的に面談の機会を設ける、連絡ノートを作成するなど相談しやすい環境を形成することも大切です。

◇対応する担当者・相談経路を一本化する

複数の人から別々に指示を受けると、人によって業務のやり方や考え方が異なる場合があり、本人が混乱してしまうことがあります。業務の指導や相談窓口となる人や相談経路を一本化できると不安や迷いが起こりにくくなり、就業の安定化にもつながります。

◇支援機関と連携する

企業は業務や労働環境整備などの就業面については対応できますが、生活面(プライベートや家族関係、金銭面での相談)や医療・健康面は企業が介入できないことがあります。そのため、入社時に、支援機関(障害者支援職業・生活支援センター、福祉機関、医療機関など)に登録してもらい、企業が対応できない生活面や健康面は支援機関と連携して対処するようにしましょう。

知的障害者を雇用している企業事例

知的障害者の雇用事例(1) 運輸業A社:適正に合う業務への割り当て

当初は、経理部門に配属され、書類整理やファイリング、請求書の仕分けなどを行っていましたが、判断する機会が多く、業務をこなすことが難しい場面がありました。そこで、書類の封入作業など、本人にとって得意な仕事があり、より広範囲な仕事内容を確保できる総務部門に配置転換し、適性に合う業務に割り当てています。
現在は、清掃や、各事業所への連絡便の仕分け、不要書類のシュレッダーなどの様々な業務を行っています。さらには本人の意志も汲み、パソコンの単純な入力作業も実施できるようになりました。

知的障害者の雇用事例(2) 物流会社B社:業務効率化の向上

B2級の療育手帳をお持ちの20代女性を雇用しました。前職で商品の検品業務やデータ入力、ラベル貼り付け業務などの経験があったこと、また選考過程でコミュニケーションや適性面でも問題なくフィットすると判断し採用を決定。入社後は主に、紙の書類のスキャンニング業務や書類保管業務を担当しています。他の人だとミスが出やすい単純作業にも集中して取り組んでもらえることで、ミスがほぼ発生しなくなり、助かっています。
配属現場では、当初はメンバーも女性に対して様々な配慮をしていましたが、次第に一般雇用のメンバー同士でもお互い気を遣うようになり、現場の雰囲気もよくなりました。
さらに、女性の入社を機に業務の可視化を進めることになったのですが、その結果、業務全体の見直しと振り分けができ、効率化を進めることができました。

知的障害者を雇用する際に利用できる助成金

最後に、知的障害者の雇用時に利用できる主な助成金をまとめましたので参考にしてください。

特定求職者雇用開発助成金

高年齢者や障害者等の就職困難者をハローワーク等の紹介により、継続して雇用する労働者(雇用保険の一般被保険者)として雇い入れる事業主に対して助成される。

  1. 特定就職困難者コース
    ハローワーク等の紹介により継続して雇用する場合
  2. 発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース
    ハローワーク等の紹介により発達障害者又は難治性疾患患者を継続して雇用する場合

※障害者初回雇用コースは2021年(令和3年)3月31日をもって廃止されました。

トライアル雇用助成金

就職が困難な障害者を一定期間雇用することで適性や能力をみて、継続的な障害者雇用を実現させることを目的とした制度です。テレワーク勤務の推進に伴い、原則3カ月の雇用期間を最長6カ月まで延長できるようになりました。

  1. 障害者トライアルコース
    障害者を試行的に雇用する場合
  2. 障害者短時間トライアルコース
    週20時間以上の勤務が困難な障害者を、週20時間以上の勤務を目指して試行雇用する場合

障害者雇用安定助成金

障害者雇用安定助成金は、雇用する障害者の職場定着のための措置・職場適応の援助を行う事業主に対して一部助成する制度です。
令和3年度以降、障害者職場定着支援コース・障害者職場適応援助コースに関して内容が一部廃止、移管されました。

変更点は以下のとおりです。

  1. 障害者職場適応援助コース
    ・柔軟な時間管理・休暇取得 → 【廃止】
    ・短時間労働者の勤務時間延長 → 【廃止】
    ・正規・無期転換
      → キャリアアップ助成金「障害者正社員化コース」へ移管
    ・職場支援員の配置
      → 障害者介助等助成金「職場支援員の配置助成金」へ移管
    ・職場復帰支援
      → 障害者介助等助成金「職場支援員の配置助成金/職場復帰支援助成金」へ移管
    ・中高年障害者の雇用継続支援 → 【廃止】
    ・社内理解の促進 → 【廃止】

  2. 障害者職場定着支援コース
    ・訪問型職場適応援助者による支援
     →職場適応援助者助成金「訪問型職場適応援助者助成金・企業在籍型職場適応援助者助成金」へ移管
    ・企業在籍型職場適応援助者による支援
     →職場適応援助者助成金「訪問型職場適応援助者助成金・企業在籍型職場適応援助者助成金」へ移管

人材開発支援助成金

企業が労働者の職業訓練開発を実施した際、訓練の経費や訓練中の賃金を一部助成する制度です。労働者の職業能力開発を効果的に促進するとともに、企業が労働者のキャリアアップや人材育成に力を入れやすくなります。

  1. 障害者職業能力開発コース
    対象障害者の職業能力の向上のための開発訓練を行う施設などの設置・整備・更新、訓練の実施をする場合に助成されます。