企業による障害者雇用は拡大していますが、人事評価については既存の人事評価制度を適用している企業が多いようです。障害者の定着や活躍のためには、個々の意欲や能力にあわせた評価体系を整備し、適切に評価することが大切です。そこで今回は、障害者雇用における評価方法や制度設計の基本的な考え方について解説します。

目次

はじめに:障害者の評価に対する不満

企業ではたらく障害者は、社内の人事評価についてどのような不満を抱えているのでしょうか。私達が支援する企業ではたらく障害者からは、「会社にいてくれるだけでいいと言われ、雑務のような仕事ばかりやらされる」「与えられる仕事に対して成果を出していても、健常者ほど評価されない」「自分だけ昇給・昇格の制度から外れている」といった不満の声を耳にすることがあります。
厚生労働省の調査によると、障害者の離職理由として多いのは身体障害者・精神障害者ともに「賃金・労働条件に不満」でした。また、「仕事を続ける上で改善が必要な事項」については、「能力に応じた評価、昇進・昇格」「能力が発揮できる仕事への配置」があがっており、障害者が賃金や能力に応じた評価に不満を感じている様子がわかります。評価に対する不満を抱えている状況では、社員のモチベーションや生産性、定着率の低下が懸念されます。

障害者雇用のための人事評価制度を用意する

通常の人事評価制度で障害者の評価をするのではなく、障害者のための人事評価制度を別途用意することで、多様な障害者に就労機会と定着に必要な配慮を提供することが可能になります。

障害者雇用の人事評価制度の必要性

等級制度や評価制度、報酬制度などの人事評価制度を、障害者雇用に対する制度として用意できている企業は多くありません。その理由として、「既存の制度に手を入れるのは手間がかかる」「障害者雇用のためだけの制度をつくるのは難しい」「障害者限定の制度は公平平等な姿勢に反すると考えている」などが考えられます。

一方で、今後の法定雇用率引き上げに伴い、企業内での障害者雇用拡大への取り組みは必須事項と言えるでしょう。障害者雇用の推進や拡大のために、これまでとは違う障害特性がある社員の採用を検討する企業が増えることも予測できます。雇用管理する障害者数が増加し、障害種別が多様化していく中で既存の評価基準しかなければ、「評価できない」「採用候補者に該当しない」と判断するしかなく、採用の難航や採用後に定着しない等の弊害も発生する可能性があります。

障害者雇用の人事評価制度の目的

障害者のための制度とは、障害者を特別扱いして優遇するためではなく、既存の制度では評価できない障害者に対し、適切な評価によって活躍できる機会を用意するためのものです。障害者のための人事評価制度を設計・整備することによって、企業での雇用拡大や職場定着・活躍促進へと繋がります。
また、既存の人事評価制度を変えることが難しい場合は、一時的な措置として、既存の嘱託制度を活用し、嘱託制度の中に障害者枠を構築するという方法もあります。既存制度の活用も視野に入れ、障害者雇用の人事評価制度の設計や整備を検討しましょう。

障害者雇用の人事評価制度設計を検討する際の重要なポイント

障害者雇用における人事評価を検討する際、前提として「障害者の志向にあわせて評価する」といった考え方が重要です。そして、はたらく志向や意欲、職務能力に応じた目標設定を行い、適切な評価を行う必要があります。

障害者の志向に合わせて評価する

障害者雇用の人事評価制度設計を検討するにあたり、まず障害者の志向に合わせて評価することが重要です。
志向とは、個人のはたらく目的や意欲、大切にしている考え方のことを指します。例えば、「安定性を重視したい」「自分のスキルを活かしたい」「キャリアアップを目指したい」「ワークライフバランスを大切にしたい」など、はたらく上での志向は障害の有無にかかわらず様々です。
障害者の志向を把握することは、割り当てる業務とのミスマッチを防ぎ、本人の目的や意欲に沿った適切な目標設定や評価に繋がります。

例として、自社ではたらく障害のある社員の中に「はたらく意欲や職務能力が高い人材」と「配慮を受けて、自分のペースを守ってはたらきたい人材」の2つのタイプの人材がいるとします。この時、志向が異なる社員を同じ基準で画一的に評価すると、評価のギャップが生じることがあります。障害者の意欲や能力が適切に評価されない状況により、本人の不安や不満が高まり、その結果「職場定着に結びつかない」という問題を抱える企業が少なくありません。

志向・意欲・職務能力に応じた目標設定を行う

障害者のはたらく志向にあわせた評価を実施するためには、本人の目的や意欲、能力に沿った目標設定を行うことが大切です。障害者雇用では、高い職務能力や意欲を持っているにも関わらず、簡単な作業しか与えられないというケースや、反対に本人の意欲や職務能力以上の業務が求められるというケースがあります。
このようなミスマッチを防ぐためにも、適切な目標設定は重要です。障害者本人の志向・意欲・職務能力に応じた目標設定を行うことで、企業側の求める業務内容とすれ違いが生じていないかを確認する機会にもなるでしょう。
具体的には、意欲や職務能力の高い人材の中には「期待以上の成果を上げているのに評価されない」「キャリアアップの機会が得られない」といった不満が生じることがあります。一方、自分のペースを守ってはたらきたい人材の場合、「周囲の人のような高い目標を達成できず、成果主義的な現行制度下での評価が低い」「勤怠や就業状況は安定しており、定着のため努力しているが、評価されない」といった不安が生じることが考えられます。
一人ひとりの志向・意欲・職務能力にあわせた目標設定を行うことにより、評価のギャップが改善され、障害者の職場定着にも繋がるでしょう。

就労する障害者を志向によって3つの層に分ける

障害者の就労に対する志向や職務能力、必要な配慮は人によって異なり、また一人ひとりに合わせた制度設計は難しいため、人材要件を分類して考えると良いでしょう。ここでは、安定的にはたらくことができるかを判断する「職業準備性」と職務能力、業務難易度や賃金、マネジメントコスト、配慮の多寡等による雇用管理の難易度を基準に、障害者人材を3つの層に分けてみます。

第A層:はたらく意欲や職務能力が高い層

第B層:一定の配慮が必要だが、生産性に貢献可能な層

第C層:職務能力に制約があり、障害配慮が重視される層

第A層:はたらく意欲や職務能力が高い層

第A層は、はたらく意欲や職務能力が高いグループです。障害者雇用枠に限らず、一般枠の求人に応募して雇用されるケースも見られます。健常者と同様に成果主義で目標管理をし、企業への直接的貢献が求められる層と考えられるでしょう。
雇用が進んでいるオフィス勤務の身体障害者は、第A層に該当するケースが多いと言えます。自律的に業務を遂行できる層ですが、障害に応じて一定の配慮は必要です。

第B層:一定の配慮が必要だが、生産性に貢献可能な層

第B層は、「意欲の高い人材」と「自分のペースを守ってはたらきたい人材」の中間層に当たります。障害者手帳を開示し、障害者雇用枠の求人に応募することが多いのが、第B層の人材と言えるでしょう。そのため第B層の人材は、障害特性に応じた配慮を必要としつつも、業務の納期や品質が重視され、チームの生産性に貢献可能な層と考えられています。

第C層:職務能力に制約があり、障害配慮が重視される層

第C層は、活躍よりも定着を重視するグループです。「安心・安定してはたらきたい」という志向が強く、障害への配慮や職場定着を重視する人材が属しています。そのため第A層、第B層と比較して、相対的に職務能力に制約のある人材が対象となります。業務の難易度を抑え、業務成果よりも職場定着の施策が優先されるのが第C層と言えるでしょう。

志向別にみる障害者雇用の人事評価と給与制度の具体例

各層に対する評価軸や評価方法、給与の具体例を紹介します。

第A層:目標や成果による評価

第A層の人材に対する評価制度は、目標や成果で評価し、キャリアアップを目指せるものが望ましいと考えられています。そのため、一定の配慮のもとで既存の人事評価を用いる相対評価が適していますが、健常者と同等の活躍ができるような環境整備が必要となるでしょう。例外的に、第A層の障害者の評価基準や給与制度は、既存の制度とは別に用意しておく方が効果的な場合もあります。例えば、賃金マップを調整する場合は「上限は既存の制度と同様にしつつ、下限には幅を設ける」などの対応が考えられます。

第B層:簡便でわかりやすく、達成しやすい目標で評価

第B層は、第A層と第C層の中間形態となるため、業務によっては第A層寄りにも第C層寄りにもなります。そのため、第B層の人事評価制度は、簡便でわかりやすく、達成しやすい目標や評価制度が適しているでしょう。第A層のようにキャリアアップを目指すというよりは、障害と付き合いながら、長く安定した勤務を目指します。
例えば、企業側であらかじめ目標とする課題やタスクリストを提示して、量と期間を本人が決めるような形態が考えられます。給与制度は、第A層の賃金マップよりもさらに下限を設け、最低賃金からスタートするとよいでしょう。

第C層:生活態度や業務の取り組みなどによる絶対評価

第C層は、構成する障害の種類や職務能力が多様であり、第A層、第B層と比べてより多くの合理的配慮とサポートを必要とします。そのため、第C層の評価方法は概して加点方式の絶対評価が適していると言えるでしょう。
例えば、知的障害者が多い職場では、評価項目は業務の成果より「生活態度」「業務に取り組む姿勢」「勤怠」などが中心となります。

【具体的な評価項目例】

  • 遅刻、欠勤の際の連絡をしている
  • 清潔感のある身だしなみを守っている
  • いつも誰にでも挨拶している
  • 呼ばれたら「はい」と返事をしている
  • 無断で持ち場を離れない
  • 指示が理解できないときに自分から質問している  など

障害者雇用の人事評価制度は相互転換できることが望ましい

障害者雇用における人事評価制度は、障害者が安定的にはたらき続けるための制度であることが何より重要です。先述した通り、はたらく障害者の志向の違いを考慮せずに同じ業務や人事評価で雇用すると、意欲のある社員のモチベーションは低下してしまいます。また、一般雇用枠(キャリア採用)で雇用した障害者も、障害の進行や配慮事項の増加により、第A層から第B層に転換が必要となるケースが考えられます。そのため、人事評価制度は、本人の意思があれば「職種異動」や「障害者雇用枠からキャリア採用への転換」「キャリア採用から障害者雇用枠への転換」など、相互転換できるように設計することが望ましいでしょう。障害のある社員に寄り添い、柔軟性のある制度にすることで、長くはたらける職場環境につながります。

まとめ:障害者雇用における人事評価制度を整備して職場定着へ

障害のある社員に安定してはたらき続けてもらうためには、障害者雇用における人事評価制度の構築が必要です。
障害者のための人事評価制度を整備する際は、障害者の志向や職務能力、必要な配慮や雇用難易度によって評価できる、柔軟性のある制度設計を行うことが大切です。さらに評価基準を設定する際には、知的機能に問題のある社員にも理解しやすい明確な内容にすることで、評価のギャップが生じることを防ぐことができるでしょう。
また、制度の整備後も企業と障害者本人双方からのフィードバックや、定期的な評価制度の見直しを行うことで現場の声を反映でき、社員の安心感を醸成することにも繋がります。障害や本人の意思によって、適切なタイミングで相互転換できる制度にしておくことが望ましいでしょう。