2016年4月より施行されている改正障害者雇用促進法には、障害者差別の禁止に関する項目が新たに盛り込まれました。また、安定的に働き続けるための合理的配慮の提供や、相談体制の確立、苦情などへの対応も義務付けられています。
職場で差別を生ませず、トラブルや離職に発展させないために、企業側は何をすべきなのでしょうか?差別禁止の考え方や、採用時・雇用後に差別にあたるケース、実際に起こった差別の事例、企業が取るべき対策についてまとめました。

目次

障害者の差別とは何か 障害者雇用促進法による定義

雇用における障害者の差別とは、どのようなことを指すのでしょうか?障害者雇用促進法では、雇用分野におけるあらゆる局面(募集及び採用、賃金、配置、昇進、教育訓練など)において、障害者であることが理由で不当な扱いを受けることを「障害者の差別」として定義しています。

具体的には次のようなことが禁止されています。

  • 障害者であることを理由にして障害者を排除すること
  • 障害者のみに不利な条件を設けること
  • 障害のない人を優先すること

合理的配慮の提供も義務化

改正障害者雇用促進法では、障害者差別の禁止と共に、合理的配慮の提供が義務付けられました。
合理的配慮とは、障害者が健常者と均等な機会や待遇確保、個々の能力の発揮のために障壁となる事情を改善するための措置のことです。障害者一人ひとりの特性や職場の状況を考慮し、場面に沿った負担にならない程度の変更・調整を行います。
雇用側が障害者に対し、合理的配慮を正しく提供するために以下のようなことが求められます。

  • 配慮が必要な要件を把握・確認すること
  • 必要な配慮について障害者本人と話し合い確認すること
  • 障害者の意向を尊重しつつ、提供する合理的配慮を確定すること
  • 職場内に障害内容と提供する合理的配慮に関する説明と啓発を行うこと

相談体制の整備、苦情処理や紛争解決の援助の義務

事業主は、障害者からの相談に適切に対応するために、相談窓口の設置などの体制整備が義務づけられています。また、障害者から苦情が出た際に、事業主は自主的に解決出来るよう努力しなければならないと定められています。双方の話し合いで解決が難しい場合、都道府県労働局職業安定部などに相談できる制度もあるので、適宜活用すると良いでしょう。

法律による障害者差別禁止義務制定の背景

2006年に国連で、障害者の人権や基本的自由を確保し、尊厳の尊重を促すことを目的として「障害者権利条約」が採択されました。日本国内では条約締結に向けて、「障害者基本法」(2011年8月改正)、「障害者の日常生活および社会生活を総合的に支援する法律」(障害者総合支援法)の成立(2013年4月)など、さまざまな法整備が行われました。国内の法整備が徐々に整い始めたことから、2014年2月19日にようやく国連条約を締結することができたのです。

差別禁止の対象となる障害者、事業主は

対象となる障害者は、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、その他の心身の機能に障害があるため、長期にわたり職業生活に相当の制限を受けている、または職業生活を営むことが困難な方です。
障害者手帳の有無は関係なく、週の所定労働時間が20時間未満の方や中途障害者も差別禁止の対象となります。

また対象となる事業主は、事業所の規模・業種に関わらず、すべての事業主が対象となります。

違反するとどうなる?

事業主に対し、罰金などが課されることはありませんが、厚生労働省や都道府県労働局より、助言や指導、勧告が行われる場合があります。
都道府県の労働局長が、当事者の双方又は一方から障害者に対する紛争解決の援助を求められた場合に、必要な助言や指導、勧告を行うことができることになっています。必要と認めるときは紛争調整委員会に調停を行うことが、障害者雇用促進法で定められています。

障害者差別に該当するケースとは

では実際に、障害者の差別に当たるのはどのようなケースでしょうか?採用時と雇用時に分けていくつかの例を紹介しますので、現在雇用を行っている企業は、自社で同様のケースが起こっていないかを確認しましょう。

差別にあたるケース:<1>採用時

採用を行う際、下記のようなケースは差別にあたると判断されるので注意しましょう。

  • 障害者だからという理由で人材募集をしない、応募を受け付けない、採用を拒否する
  • 業務遂行上必要でない条件を付けて、障害者を排除する
  • 障害者のみ一定の資格があること等を応募要件にする
  • 必要な合理的配慮が提供されれば働くことができる場合でも、障害を理由に採用を拒否する
  • 障害を理由に、正社員での雇用は認めず契約社員として雇用する

次のようなケースはどのように判断されるのでしょうか。Q&A形式で紹介します。

Q:募集の際、「心身ともに健全(健康)な方を募集」といった要件を設定することは差別に該当するのでしょうか?

A:それだけでは差別に該当しませんが、業務の内容や、業務上で必要な能力や知識、経験などを具体的に示すなど、障害者や難病のある方を一律に排除しているかのような印象を与えることのないよう配慮しましょう。

Q:障害者のみを対象とした求人は差別に該当しますか?

A:障害者を有利に取り扱うものであり、禁止される差別に該当しません。また、合理的配慮として障害者が遂行可能な業務を切り出して、その業務専門の従業員として異なる雇用管理をするケースもあり、一概に、雇用形態や処遇が異なるからということで差別に当たるとは言えません。

Q:特例子会社を設置している場合、障害者は親会社ではなく特例子会社応募を受け付けることとすることは可能ですか?

A:障害者だからという理由で、親会社への応募を受け付けず、特例子会社のみ応募可能とすることは、障害者の応募を拒否することと同じため、差別にあたるケースとなります。

Q:職務要件上必要なスキルをクリアできておらず、不採用となる場合も差別にあたりますか?

A:障害有無ではなく、職務にあたって必要なスキルや経験、適性をクリアできていないという理由であれば、差別にはなりません。

差別にあたるケース:<2>雇用後

  • 賃金を払わない、同意なしで引き下げる、低い賃金を設定する、昇給をさせない
  • 研修、現場実習を受けさせない
  • 食堂や休憩室の利用を認めない
  • 障害があるからという理由だけで、障害者を配置する業務と障害者を配置してはいけない業務とを分ける
  • 人事評価制度に基づき昇給昇格に値する場合でも、障害者は認めず一般雇用者を優先する
  • 企業の業績上、やむを得ない理由で解雇する際に、障害者から優先的に雇用対象にする

障害者の雇用を進めるなかで、「このようなケースは差別にあたるのか?」と迷うこともあるでしょう。よく見られるケースをQ&A形式で紹介します。

Q:営業職への配置基準を満たす社員が障害者含め複数いる場合、障害者でない者から順番に営業職に配置することは問題ないでしょうか?

A:職務能力や適性などに基づかない判断で、一般雇用者を優先する場合は差別に当たります。また配置にあたって、障害者だけに資格取得を条件とすることも差別に当たります。

Q:障害者に対して最低賃金よりも低い賃金を設定することは問題ありますか?

A:最低賃金法第7条では、「使用者が都道府県労働局長の許可を受けたときは、精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い方について、最低賃金額からその労働能力に応じて減額した額を賃金として設定できる」としています。これは、一般労働者に適用される最低賃金を適用することで、雇用機会を失ったり不利な結果を招いたりすることがないよう、減額することを認めているというものです。

Q:障害を持つ従事者専用の賃金体系を設け、その体系に当てはめることは差別に該当しますか?

A:単に障害者であることを理由に、障害者だけを対象とした賃金体系に一律に当てはめるのであれば、差別に当たります。しかし合理的配慮を提供し、職務能力や適性等を適正に評価した上で、通常の処遇基準を下回ると判断した場合、賃金が異なっても差別には当たりません。

Q:合理的配慮として特定の職務を切り出し、障害者に切り出した職務を担当してもらう場合は差別に該当しますか?

A:合理的配慮を提供した結果、異なる職務を行う事は差別に当たりません。

障害者へのいじめやパワハラも…実際に発生した差別事例

従業員による反対で採用取り消し・離職に

ある企業で障害者を採用することになり採用前実習を行った。参加した方の実習の様子を見て採用を決定していたが、一部の従業員の反対によって採用を取り消される、入社しても従業員による差別的な発言が原因で、働き続けることが困難になり離職してしまう、という事態が頻発した。

障害や、雇用に対する理解不足による発言

精神障害のある方が、多様性や社会への貢献を方針として掲げる企業に就職した。その方針は、社長の強い意志とリーダーシップで進められており、エレベーターやトイレなどのファシリティ面は問題なかった。しかし配属現場では、必要な配慮はもちろん、障害特性に対する理解や雇用の意義についての理解が全くなく、「なぜうちの部署に来たのか」といった後ろ向きの声があった。

業務や制度が与えられない

身体障害のある方が転職した職場で、前職までの経験が活かせる業務を求めたが、「あなたは会社にいてもらうだけで良いですから」と言われ、単純作業しか割り当てられなかった。また、会社には社員へのスキルアップや成長を促す制度があったが、説明を受ける機会を与えられず、制度があること自体を知らなかった。

障害を理由に適切な処遇や評価を受けられない

  • 一般就労していた障害者が、現場責任者から「仕事の効率が悪い」「仕事にならない」と言われ、本人の了解を得ずに給料を減額され、退職を勧められた。
  • メーカーで働く身体障害のある方は、入社して5年以上が経ち責任のある仕事に従事する機会が増えていった。しかし雇用形態は入社当時の「嘱託」のままで、賃金も新入社員とほぼ同額で、昇給の機会も与えられていなかった。入社時に、障害者として雇用する場合は嘱託社員となることは聞いていたが、未だにその状態が続いている。

まとめ:企業側がやるべきことは

差別禁止の目的は、障害者が健常者と均等に働けることで、能力を発揮し活躍できる機会を創出することにあります。企業はその責務を負っていることを理解する必要があります。その上で、雇用を行う企業として以下の事を確認し、事前に出来ることや、雇用後の対策、配慮等を先に考えておくと良いでしょう。

自社の雇用施策の中で、差別に該当する点がないかを確認する

差別に該当する主なポイントは「障害者であることを理由に障害者を排除すること」「障害者に対してのみ不利な条件を設けること」「障害のない人を優先すること」の3点です。上に上げた事例をもとに、人材募集や採用活動、雇用後の配属や人事評価などで、この3点に該当するケースが自社にあるかどうかを確認すると良いでしょう。

障害があっても活躍できるための機会や配慮、制度を整備・提供する

合理的配慮は企業が担う法的義務です。2006年に国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」でも「合理的配慮を否定することは、障害を理由とする差別である」とされています。
配慮の提供はいわれのない差別を取り除くだけでなく、定着率向上や生産性向上といった雇用効果も得られます。
障害者と話し合い、その意向を十分に尊重した上で、過重な負担にならない範囲で、必要な合理的配慮を提供し、障害があっても活躍できる機会を創出しましょう。
そして、合理的配慮の提供は障害者を優遇するためのものではなく、障害者が能力を発揮する上で支障となることを解消するためのものであることを、社内に説明し理解してもらうことが大切です。

また、一般社員と同じように適切に評価を受け、活躍できるための制度があること大切です。そのような人事評価制度がない企業は制度を用意ことも検討すると良いでしょう。

障害者雇用・障害特性・配慮について社内へ啓発を実施する

いじめや言われのない偏見は、社内理解が進んでいないことが原因です。社員には社内研修や勉強会などを通じて、障害者雇用に関する会社としての方針や考え、障害特性についての基本的知識、日々のコミュニケーションやマネジメント、健康面でトラブルがあったときの対応方法を伝えましょう。

人事や会社としての支援体制を構築する

障害に対する理解が得られたとしても、はじめて障害者を雇用するときや雇用を拡大する際には、現場の不安や負担が大きくなり、トラブルが発生することもあるでしょう。そのために、現場や障害者本人に対する支援体制をつくり、日ごろから情報共有をこまめに行い、トラブルが発生した際の連携方法を決めておくと良いでしょう。